★ 頂き物 ★
『星の降る夜』 (南條靜さま)
天聖界の夜―――今夜は悪魔軍の夜襲もなく満天の星空の下、誰もが皆癒しの闇に身をゆだねて眠っている。
静まり返っておだやかなその群青色の夜空に、不意に小さな光がひとつ現れた。空にある星々の1つが零れ落ちてき
たような小さい、それでいて澄んだ輝きを放つその光は町や村を見守るかのようにしばし辺りを飛びまわっていたが
やがて開け放たれた窓のひとつに入っていった。
病室と思われるその部屋では1人の少年天使が傷ついた身体を横たえ昏々と眠っている。たてつづけに負ったあまり
に大きなダメージは当然ながらその身体にかなりの負荷をもたらしており彼は今絶対安静の状態にあった。目を閉じ
ているその顔は青白く生気がない。時折苦しげにその眉が歪むのは苦痛のせいか、はたまた悪夢にうなされている
為か。光はそんな彼をいたわる様に枕もとにとどまりしばしの間瞬きを繰り返す。余人がその光景を見たらまるで優し
く話しかけているように見えたかもしれない。
ついと舞い上がった小さな光は煌く光の粒子を少年の全身に浴びせだした。振り撒かれる白い光は舞い散る羽のよう
にも雪のようにも見える。
それに包まれた少年の顔から苦悩の色が消えた。頬には赤みが戻り、やすらかな寝息を立てる唇にはかすかに笑み
さえ浮かんでいるようだ。
「ヘッドロココ様・・・・・」
少年の口からこぼれた言葉が聞こえたかのように小さな光は動きを止めた。
「オレ・・・・がんばります・・・・・ケガを直して、かならず、ロココ様と皆のところに・・・・・・」
寝言ともうわごとともつかない言葉に応えるように光は再度大きく瞬く。
(・・・・・・えぇ、皆であなたの帰りを待っていますよ。アリババ神帝・・・・・)
声にならない声。名残を惜しむように少年の枕もとを一回りして、その光は再び窓の外へ消えて行った。
同じ頃―――魔幻モデルと呼ばれる悪魔軍の大要塞内部のとある一室で女が1人杯をかたむけていた。まるで水で
も飲むように杯の中身をあおる度、アルコールの熱が喉を灼くが酔いはいっこうに回ってこない。いやしくも一軍の将
であり次界超魔身の肩書きをその身に背負うヘッドである彼女のこと、当然ながら周囲には身の回りの世話をする者
とて何人もいるはずだったが今はその勘気をこうむることを恐れているのか誰も寄り付こうとしなかった。
不機嫌なのはいつものことであるからいいとしても、最近の彼女は何かに苛立ち、どこか本調子でないように感じられ
る。何せ相手は自分たちとは桁外れの力を持つヘッド、うかつに近付いて機嫌を損ねたり怒らせたりしては自身の身
が危ない。その判断はある意味とても賢明といえた。
彼女自身、自分が常の状態でないこと、どことははっきり言えないがどこか調子が悪く何故か気分がすぐれない事を
自覚はしている。いつからだったのかはっきりしないが夜眠れなくなり、酒量が増えた。何故か苛立って落ち付かなく
て・・・・・まるで癒えない傷を抱え持っているかのようだ。
傷。治りきらない傷・・・・・そうだ、先日負った背中の傷口もまだ完全ではない。もちろんこれしきのことで遅れをとる自
分ではないし戦闘においても日常生活においても何ら支障はないが・・・・・それでも、何かの拍子に背中が痛む度そ
れは思い出したくないものを思い出させ彼女を苦しめる。
(そうだ、わたしがこんな思いをしているのもあいつのせいだ・・・・・・!)
まざまざと蘇る、赤毛の大天使の面影。彼は彼女が背中を怪我しているのを見るといいと言っているのも聞かず彼女
の傷を手当てした。おせっかいなくせに不器用な彼の手当てはかなり乱暴で・・・・そのせいか背中の痛みと熱はなか
なかひかず、彼女を苦しめる。本人は気付いていないが、正確には痛みそのものではなく、消えてくれない彼の面影
が彼女を苦しめているのだ。
「えぇい、腹の立つ・・・・・!」
真紅の瞳を光らせぎりぎりと奥歯を噛み締めた彼女は苛立ちのままにまだ中身が入ったままの杯を壁に向かって叩
き付けた。幸いなことに杯は壊れなかったものの彼女の瞳と同じ色の酒が飛び散り、壁や床に染みを残す。なぜ自分
はこんな気持ちになるのだろう?わからないからこそ腹が立つ。なすべきことは山のようにあるしスーパーデビル軍の
動きも気にかかる。こんなわけのわからない感情のしこりに捕らわれているべきではないのに。
なおも足りぬとばかりに酒瓶へ伸ばそうとした手が不意に誰かに捕まえられた。
「いけませんよマリア、そんなに無茶な呑み方をしては。まだ、怪我も治っていないのでしょう?お酒は身体に障ります
よ。」
たしなめる声を聞いて、彼女は何をするかとくってかかるのも忘れ凍り付いた。何故なら、その声はもうこの世にいな
いはずの人のものだったからだ。彼女の目の前で消滅してしまった、赤毛の大天使の声。振り返った彼女に彼はいさ
さか困ったような、照れたような顔で微笑みかけた。
「・・・・・・お前。何でここにいるんだ。どうして・・・・?!」
「自分でも、よく判らないのです。こんな風に遠く離れた場所を行き来できると知ったのもつい最近で・・・。多分、今の
私が実体を持たないからこそ可能なのでしょうが」
彼はかなりずれたことを真面目な顔で答える。
「死人が何しに来た?!お前なんか・・・・お前なんか、さっさと逃げてしまったくせに・・・・・!わたしと戦う事を辞めてし
まったくせに・・・・・それなのに、今さら・・・・・!!」
瞬時に涌きあがった怒りを爆発させたとマリア自身は思ったのだがロココは怒りだしもせずなぜかとても申し訳なさそ
うな顔をする。その顔がさらに癇に障って、
「もうお前のしたり顔も正義面した甘っちょろい説教とも縁がなくなると思ってせいせいしているんだぞ・・・・・なのに何
で今頃現れる?!何で・・・・・わたしをこんなに混乱させる?!」
「・・・・・すいません。」
八つ当たり以外の何物でもないマリアの言葉に律儀に謝罪するところが彼の彼たるゆえんだろう。その顔はさっきより
さらに申し訳なさそうで、それがマリアの怒りの炎に油を注ぐ。さらに激昂して怒鳴り付けようとしたその刹那。
「でも・・・・でも、私はどうしてもあなたにお会いしたかったのです」
その言葉に、マリアの思考が停止した。
「・・・・・なっ・・・・・」
頭の芯が真っ白になる。さっきまで飲んでいた酒の酔いが一度にまわって来たかのように全身がかっと熱くなって、火
照りが強まる。
「・・・・・ふっ、ふざけるな!!言うにことかいてよくもそんな、・・・・・戯言も大概にしろ!!」
「・・・・戯言と、あなたは言うのですか?私は・・・・・・本当にあなたに会いたくて、お話したくて・・・・だからここに来たの
に」
こちらを見つめる、黒い瞳。その目は真剣そのものだった。マリアの心は千々に乱れる。こいつが、自分に会いに来
た?敵である自分に?・・・・・・この天使は一体何を考えているのだろう。
「お前の話なんか誰が聞くもんか!!」
その先を考えるのが恐ろしくて、マリアはその言葉を撥ね付けた。・・・・・・そうすることしかできなかった。
「お前なんか、もう死んでるくせに・・・・・・わたしと戦うことも出来ないところに行ってしまったくせに!そんな奴の話なん
て絶対聞いてなんかやるもんか・・・・・・・!!」
ひりひりと痛むのは声を限りに叫んだ喉か、それとも―――自分でも何がなんだかわからなくなってマリアは俯いた。
「では・・・・・私が現世に帰って来たら?そうしたら―――私の話を聞いてくださいますか?」
静かな声でロココは言った。
「・・・・・な・・・・・」
これはどういうことなのだろう?一体―――こいつは何を考えているのだろう?いくら考えても答えは出ず、マリアは赤
毛の大天使の顔をくいいるように見つめる。
「私は・・・・・近いうちに必ずこの世に帰ってきます。空の上の誰かがそう決めているのです。もっともその時には姿も
名前も変わってしまっているでしょうから最初はわからないかもしれませんが・・・・・」
「・・・・・馬鹿な、わたしにお前がわからないとでも思うのか?!そんな事をいって逃げようとしても無駄だぞ、どんなに
姿が変わろうと、名前が変わろうと、どこまでもお前を追いかけて必ず仕留めてやる・・・・・!!」
どこにいようとどんな姿になろうとわたしにはお前が判るんだからな、と言ってロココを見上げると何故か彼はとても嬉
しそうな顔でうなずいた。
「―――わかりました、あなたがそう望まれるのなら全力でお相手しましょう。その代わり、それまでは身体を大事にし
て無茶をしてはいけませんよ。お酒もほどほどにして下さいね?」
そう言った天使はマリアの手を取るとその手の甲にそっとくちづけた。
「!!」
「約束しましょう、私はいずれ必ず復活します。―――待っていてくださいね」
「ふん、その減らず口も今のうちだ・・・・!首を洗って待っているがいい、必ずお前を倒してやるからな!!」
「―――わかりました、お待ちしています。でも・・・・もし私が勝ったら、私の話を聞いてくださいね。約束ですよ?」
そう言うが早いか彼の姿は闇に溶けて消えてしまう。現れた時と同じように去って行くのもあまりに唐突だったのでマリ
アが文句を言う暇もなかった。
「・・・・・ふん、ばかめ。もし自分が勝ったらだと?・・・・・・そんなことあるものか!」
つい今しがたまで天使が立っていた辺りの闇に向かってつぶやき、マリアはベッドに入った。あの天使が本当に蘇ると
いうのなら、それまでにスーパーデビルとの雌雄を決しておかなければならない。あいつと戦うなら、後顧の憂いがな
い状況を作っておかなければならないのだから。
(待っていろ、ロココ・・・・!!)
いつのまにか苛立ちも不調もきれいに消え失せてしまっていることに自身では全く気付かぬまま、マリアは久々に訪
れた深く安らかな眠りの闇に身を委ねた。
それから数ヶ月後のある日。居城を魔幻型から久遠域に移していたマリアは、ふいに奇妙な感覚にとらわれた。何故
かわからないが急に胸が高鳴る。わくわくする、といった表現がぴったり来るような奇妙な昂揚感が心身を支配する。
(これは―――何だ?)
ひとり首をかしげたマリアの脳裏によみがえった、赤毛の天使の声。
『私は・・・・・近いうち必ずこの世に帰ってきます』
そうだ――――あいつは、確かそんなことを言っていたのではなかったか。
「――――申し上げます」
「プタゴラトンか。――――何か、あったか」
予想がついていたがあえてマリアは背後で膝をつく魔魂プタゴラトンに問いかける。
「たった今斥候に出ていた者からの報告がありました。―――次界第3エリアにて、消滅したはずの天使ヘッドロココ
が『アンドロココ』として復活したとのことでございます」
思った通りの答えに、マリアは知らずのうちに唇をほころばせていたらしい。プタゴラトンが・・・・この冷静沈着な男に
は珍しく・・・・・驚愕に軽く目をみはる。
「マリア様、驚きませぬのか?」
「ふん・・・・・予想がついていたからな。―――お前がそんなに急いで報告に来る事といったらよほどのことだろう?」
ぎこちない言い訳ではあったがプタゴラトンは恐縮の態で頭を下げた。
「そうとわかればさっさとデビルを征してしまわなければなるまいな。あいつと決着をつける前に天魔界の実権をわたし
の手中に収めておかねばなるまい。―――迎撃の準備を急がせろ、プタゴラトン。スーパーデビルがどれほどの兵力
をかき集めて来るか知らんが、わたしが直々に蹴散らしてくれる。」
つい先日までの不調が嘘のような不敵な笑顔でマリアは命令を下した。
*終劇*
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私がビックリマン再熱のきっかけとなった南條靜さまのサイト「luminosa」で、フリー配布してらした小説をいただいてきました。